大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(う)991号 判決

本店所在地

和歌山県海南市藤白二〇一番地の二

株式会社 丸山組

右代表者代表取締役

田利都

本籍

和歌山県海南市日方一、二七一番地

住居

同県同市日方一、二七三番地の三三

会社役員

田利都

大正一五年一一月一五日生

右の被告人株式会社丸山組(以下単に被告会社と略称する)および被告人に対する法人税法違反被告事件について、昭和五二年七月一日和歌山地方裁判所が言渡した判決に対し、被告会社および被告人からそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 高橋泰介 同 瀧本勝 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は弁護人和島岩吉同川中修一同小野田学同黒川勉連名の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は大阪高渡検察庁検察官検事高橋泰介作成の答弁書のとおりであるからこれらを引用する。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判示第三の所得金額一三六、七六三、五五四円、法人税額五〇、八九六、三〇〇円(犯則所得金額七五、八三七、一八五円、逋脱法人税額三〇、三〇九、四〇〇円)について事実の誤認を主張し、その算定基礎となった費目のうち、原審が架空の工事原価(外注費)と認めた金場工業株式会社(小野田グリーンランド貯水槽工事分)に対する外注費三九〇万円および株式会社浅川組(海南駅前改良住宅建設工事分)に対する外注費二、〇〇〇万円については、昭和四九年一二月一日以降(昭和五〇年一一月期)において支出が確実に予想され、前記三九〇万円は昭和五〇年九月に決済がなされているなど右合計二、三九〇万円の外注費は、いずれも架空のものではなく、現実の損費としてこれを計上すべきである。また、被告会社代表者、被告人本人の田利都には右各外注費が昭和四九年一一月期に計上できない架空のものであるとの認識はなく、所得金額の一部を秘匿してこれに見合う法人税を逋脱する故意はなかった。従って、右同期の所得計算につき前記二口の損費を控除しなかった原判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の違法があるというのである。

しかしながら、原判決の挙示する関係各証拠を総合すると、被告会社の昭和四八年一二月一日から同四九年一一月三〇日までの事業年度における所得計算につき所論の二口の外注費合計金二、三九〇万円はいずれも架空のもので同期の損費に計上できないものとして所得金額、法人税額を確定した原判示第三の事実をすべて優に肯認することができ、その他記録を精査しかつ当審における事実取調の結果を仔細に検討してみても、原審が前記外注費を架空の工事原価であるとして所得計算から除外したことおよび被告人らに対する当該法人税逋脱の犯意を認めたことについて所論のような事実認定上の過誤は全く見当らない。

所論は、被告会社が金場工業株式会社に請負わせた小野田グリーンランド貯水槽工事は昭和五〇年一月に完成したが、その後同社に対し少くとも外注費として金三九〇万円が支払われ、また海南駅前住宅地区改良事業による改良住宅建設工事は昭和五〇年二月末日に完成し翌月に引渡しを終了したもので、その工事原価のうち金二、〇〇〇万円は見込費用ではあるが、将来に支出が確実に予想されるものであり、このような未収請負工事代金に対応する費用は、工事代金収益が原則として工事完成、引渡時に計上されるべきものとしても、当期において既に債務として確定しているものおよび未だ債務として確定していなくても翌期以降右の未収請負工事代金を取得するために確実に支払が予想されるものについては、債務として確定しているものに準じて、当期の損費として計上できるものと解されるから、原判示第三の事業年度の所得金額から右の工事原価合計金二、三九〇万円を控除して法人税額を算定すべきであるというのである。

しかしながら前掲各証拠によると、被告人田利都は被告会社の裏資金を確保するため、架空の工事原価を計上するなどして所得を秘匿しようと企図し、同社経理担当の取締役仲谷千鶴代および経理課長平岩常男らと相謀り、右平岩常男の協力を得て作成した所論の二口の外注費を含む架空の工事原価の明細などを表示したメモに基づき、架空の工事原価を計上した虚偽の法人税確定申告書を提出して原判示第三のように法人税を逋脱したことが認められ、しかもこれらの二口の工事の収益計上の時期は翌期である昭和四九年一二月一日から同五〇年一一月三〇日までの事業年度に到来するものであることは、前掲各証拠上明白であり、同収益に係る完成工事原価は、費用収益対応の原則(法人税法二二条三項一号参照)により右各収益と同一の年度において計上すべきものであり、特段の事情(法人税法六四条所定の「政令で定める工事進行基準の方法により経理した場合」など)の認められない本件にあって所論の各外注費は原判示第三の事業年度には計上できない筋合のものであり、仮りに、同期に右のような外注費の全部又は一部が支払われたとしても、同期末には貸借対照表の資産勘定に未成工事支出金として仕訳表示されるに止まり、同期末の損益計算からは除外される筋合いのものであり、右のように翌期に計上すべき収益や損金を恣意的に繰り上げるなどの帳簿操作を実施することはいたずらに各事業年度における課税所得の正確な把握を著しく困難にし、課税対象を不安定な状態におくことになり、前掲基本原則に照らし到底許容されないものといわねばならない。従って、前記二口の外注費は原判示第三の事業年度に計上することができないものであることは明白である。また前認定の事前謀議および犯行態様に照らし、原判示第三の法人税逋脱の犯意は、前記二口の架空外注費の計上を含めてこれを認めるに十分であるから、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論にかんがみ記録に徴して原判決の量刑の当否につき検討するのは、本件に、被告人田利都が被告会社の裏資金を蓄積留保するため、同社の経理担当重役および経理課長と相謀り、架空の工事原価を計上したり、雑収入を除外するなどの方法で所得を秘匿した三期にわたる過少申告税事犯であり、その手口、態様は計画的巧妙な帳簿操作による悪質なものであり、その脱税額は多額で逋脱税率も決して低いものとはいえないことのほか、その罪質および社会的影響の重大性に鑑み、その犯情は軽視し難く、被告会社は本件三事業年度分について、所得修正後の国税、地方税を完納し、法人税の重加算税、法人事業税の重加算金もすでに納付ずみであること、被告会社は本件に基因し、官庁の指名入札業者から一時除外されたり指名停止されるなどの社会的制裁を受けていること、および同社の内部事情、本件脱税により取得した裏資金の使途、被告人田利都の反省状況など所論指摘の被告人に有利な情状ならびに弁護人の量刑上の見解を十分斟酌しても、被告会社に罰金一、四〇〇万円を、被告人田利都に対し懲役八月(二年間刑執行猶予)を科した原判決の量刑は止むを得ないものと考えられ、不当に重過ぎるものとは認められない。論旨もまた理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田修 裁判官 大西一夫 裁判官 龍岡資晃)

昭和五二年(う)第九九一号

○ 控訴趣意書

被告人 株式会社 丸山組

右代表者代表取締役 田利都

被告人 田利都

右被告人らに対する法人税法違反被告事件について左の如く控訴の趣意を陳述します。

昭和五二年一〇月一〇日

右弁護人 和島岩吉

同 川中修一

同 小野田学

同 黒川勉

大阪高等裁判所第二刑事部御中

第一 原判決は(罪となるべき事実)として被告人田利都は、株式会社丸山組(以下丸山組と略称す)の業務に関して同会社の経理担当取締役仲谷千鶴代及び経理課長平岩常男と共謀のうえ法人税を免れようと企て、第一、昭和四六年一二月一日から同四七年一一月三〇日までの事業年度において、判示の方法により、同事業年度の丸山組の法人税額一六、二七二、四〇〇円を免れ、第二、昭和四七年一二月一日から同四八年一一月三〇日までの事業年度において判示の方法により同事業年度の右会社の法人税額一〇、〇三一、七〇〇円を免れ、第三、昭和四八年一二月一日から昭和四九年一一月三〇日までの事業年度において、所得金額が一三五、七六三、五五四円で、これに対する法人税額が五〇、八九六、三〇〇円であるのに拘らず、前同様の不正手段(即ち「公表経理上土木工事について架空原価を計上したり、受取利息金などの収入の一部を除外したりして得た差額金を仮名の定期預金等にするなどの手段方法)により所得を秘匿したうえ、昭和五〇年一月二一日、海南税務署において同税務署長に対し、所得金額が五九、九二六、三六九円で、これに対する法人税額は二〇、五八六、九〇〇円である旨記載した虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同事業年度の法人税額三〇、三〇九、四〇〇円を免れたものである」と認定し、右三事業年度に亘る 脱額総計金五六、六一三、五〇〇円を認めた。

しかし乍ら、原判決第三記載事実のうち、昭和四九年一一月期の法人税申告の際には、未完成工事であるのに完成工事として申告した数件の工事のうち二件(小野田グリーンランド貯水槽工事と海南駅前改良住宅建設工事)に見合う外注費については利益から差し引く損費の扱いをうけるべきであり、かつ被告人田において、それが後期に計上すべきでない「架空原価」なることの認識がなく、それゆえに右の範囲内では被告人田に法人税逋脱の故意が否定されるべきであったにも拘らず、この部分についても起訴状どおり架空計上原価であるとの前提の下に全体として起訴状どおりの犯則所得額を認定した原判決は、右の限度において前提事実についての証拠の評価を誤り重大な事実の誤認を犯したものであり、破棄さるべきものと思料します。

また仮に、右の点について事実誤認が認められないとしても、本件につき株式会社丸山組を罰金一四〇〇万円に、被告人田利都を懲役八月(但し二年間刑の執行猶予)に処した原判決の刑の量定は諸般の情状を考慮するとき甚しく重きにすぎるものであり、この点においても破棄さるべきものと思料します。

第二 昭和四八年一二月一日から昭和四九年一一月三〇日までの事業年度における株式会社丸山組の所得金額についての被告人田の逋脱の故意に関する事実について。

原判決は、昭和四九年一一月期の丸山組の不申告金額(犯則所得額)を算定するについては、検八号証および検九、一〇、一一号の各証拠を(証拠の標目)として掲げている。

それらの証拠によると、同事業年度の丸山組の犯則所得額は七五、八三七、一八五円であり(検八号証、記録二三九丁)右の犯則所得額の算定にあたっては、利益として申告されている完成工事高は、一、八三六、九〇一、一六二円とされているが(五九二丁)その内、三四二、三五一、〇六八円は、翌期に計上すべきものを当期に完成したものとして繰上げ計上するなどの方法で調整したもので過剰申告分である(検九号証二五四丁)とし、他方、当期完成工事原価として損益計算書上損失として計上されている一、六八五、九四三、〇三四円(五九二丁裏)のうち、四二三、二七七、六一六円は、過大計上されたもので(記録二六三丁)そのうち、当期中における架空外註費の額は一二〇、七七六、九七五円に昇り(記録二七一丁)さらにそのうち、決算調整で期末に架空計上したものとして、七六、四八二、〇〇〇円なる数額が掲げられている。(記録二七一丁)

そして右の七六、四八二、〇〇〇円のうち、金場工業株式会社に対する架空外註費として一四、五〇〇、〇〇〇円、株式会社浅川組に対する架空外註費として二〇、〇〇〇、〇〇〇円なる数額が掲げられている。(記録二七二丁)

右の事実特に期末における架空外註費計上の事実を裏づける証拠としては、検三一号証(平岩常男の確認書七三〇丁~七三六丁)検五一号証の平岩常男の五一・一・六付検面(記録九六九丁以下)―特にその末尾添付のメモ書き(試算表、第一五期の一枚目のもの、九八〇丁表、なお九四二丁、九四三丁も同じもの)―検九〇号証の被告人田 利都の五一・一・一二付検面(記録一四二七丁~一四四八丁)などが掲げられている。

そして右の平岩調書添付のメモ(一四四八丁のメモと同一)は田の右検面によると、田と平岩が、「どのように材料費、外註費を架空計上するか相談して書いたもので(限)中田工業以下四社分以外のものは架空のものである」(一四三八丁)とされている。

しかし乍ら、被告人田の公判供述で明らかにされているところによると、本件逋脱事犯の捜査は右のメモから出発したようであり(一五八五丁裏)捜査官としては、右のメモを出発点として、右のメモ書き右下欄に記載されている八三、〇二二、〇〇〇ないし七九、〇二二、〇〇〇なる数字を被告人田において事前に逋脱額として予め設定したものとみなし、決算期の中途(期中)における架空経費などの作出という不正の方法によりそれに見合う金額を益金の中から計画的に抜いて脱税をはかったものであるとの予断をもって捜査は進められたようである(一五八四丁)―これに対し被告人田は、右のような意味での計画的なものではないことを国税局でも検察庁でも強く主張したが、きいてはもらえなかったと供述している(一五八三丁裏)。

右のような捜査官の判断とは逆に真相は、期中におけるその都度その都度の裏資金取出しの結果、期末における計上すべき利益の額が低くなったので、被告人会社の体面の維持、主として官庁における指名入札業者としての地位確保の必要上、その業者の(完成工事高が常に問題とされる)未完成工事を完成工事として埋合せのために利益として計上したものであり(一五八三丁等)その計上した未完成工事といってもほゞ完成に近づいた工事即ち九分九厘終ったものを完成工事として計上したもので(一五八二丁裏)その完成工事によって得られる利益に見合う費用を見込みの金額として算出したのが、右のメモ書きに記載されている数字なのである。(一五八七丁)

そして丸山組が、紀州工地開発株式会社(施主)から一括して請負い、一部工事をさらに金場工業株式会社に請け負わせた小野田グリーンランド貯水槽工事は昭和五〇年一月に完成したが、同年八月二〇日に右工事の下請代金として丸山組から金場工業株式会社に対して少なくとも三九〇万円が支払われている。(平岩常男の公判供述、一五一六丁、弁二号、同三号、同六号証の二等)また施主は海南市、工事請負人は株式会社浅川組、株式会社丸山組共同企業体、下請人は株式会社浅川組、株式会社丸山組各二分の一とする「海南駅前住宅地区改良事業による改良住宅建設工事」は昭和五〇年二月末日完成し同三月に引渡されたものである(検四八号、平岩常男、質問てん末書問4参照)が、丸山組が昭和四九年一一月三〇日現在の本工事費用として支払済の金額は一三六、二三五、三九〇円であり(検一〇〇号証、一四九四丁参照、同丁の支払金額欄冒頭の七、〇四八、七五〇円より、下から六行目の四、五七七、六〇〇円迄の金額を加算すると、この金額が算出される)同四九年一二月一日以降現実に工事費用として出捐された金額は六九、五七五、一六七円である。(弁一号証二枚目、総括表の総合計額四一一、六二一、一一五円の1/2より前記一三六、二三五、三九〇円を減じたもの。平岩公判供述一五二二丁、一五二三丁、一五二五丁)

そして丸山組は、昭和四九年一一月期には、(株)浅川組と共同企業体を組んだ右工事について請負工事金額二三五、三二〇、〇〇〇円に追加浄化槽工事分七、五〇〇、〇〇〇円を加えた合計金額二四二、八二〇、〇〇〇円を完成工事高として収益に計上し、それに見合った工事原価(費用)として、支払済金額一三六、二三五、三九〇円の他に確定未払金額四二、〇二六、三六一円に見込費用として二、〇〇〇万円を加えた六二、〇二六、三六一円を未払金として計上したものである。(五六五丁参照)

しかるに、国税局は、小野田グリーンランド貯水槽工事については、丸山組が計上した金場工業株式会社に対する工事原価(未払金)一、四五〇万円は、全額架空のものであるとし後者の海南駅前工事については、六二、〇二六、三六一円のうち二、〇〇〇万円が架空外註費とみなしたのである。

右の如き、未収請負工事代金に対応する費用は、工事代金収益が原則として工事完成、引渡時に計上されるべきものとされているとしても、当期において既でに債務として確定しているもの及び未だ債務として確定していなくても、翌朝以降、右の未収請負工事代金の獲得のために確実に支払が予想されるものについては、債務として確定しているものに準じて、当期の損費として計上が認められるべきである。しかし、仮に右外註費が損費と認められないとしても少なくとも、被告人田としては、昭和四九年一一月期の法人税申告の際には右の如く申告した費用が、税法上必要経費又は損金として当期に計上すべきでないことを知り乍ら敢えてこれを計上したという認識はなかったのである。法人税の逋脱犯の構成要件は、(1)法人税の納税義務、(2)偽りその他不正の行為により当該税を免れるという逋脱行為、(3)脱税の結果等であるが、行為者がこれらの要素事実のすべてを認識予見することによって初めてその行為者に逋脱の故意ありということができるのである。

そして税法上の損費の損金性および損益の帰属時期は、逋脱犯の本質的な構成要件要素である納税義務を基礎づけるところの所得の形成要素としての損失の法的属性であるからその認識は逋脱犯の構成要件的故意の成立のために必要である。

即ち、ある損費が損金性を有しないということは、当該損費の発生という事実に附着する法律的価値関係であり、恰も窃盗罪における財物の他人性の如く、それ自体構成要件に該当する事実の内容をなすものである。従ってある損費の非損金性に対する認識もまた犯罪事実の認識の一部として故意の内容をなすもので租税法規の不知、誤解などにより非損金性の認識を欠く場合には、故意を欠くものとして逋脱犯の成立が否定されるのであり、損益の帰属時期に対する認識についても同様なことが言える。(横浜地裁昭和二五年五月四日判決、刑事裁判資料五四号一四四頁等参照)本件の場合、被告人田は、完成工事に見合う損失として計上すべき完成工事原価(外註費)について昭和五〇年一月六、七日頃、平岩から「今経理の方へあがっておる未払金の額はこうなっているという一覧表をみせられた」が、管理部の未完成工事等についての整理は十分になされていなかった為、未完成の工事については被告人田において各々の工事の進行状態はわかっていたので、各々の工事について支払の予想される金額を自己の判断にもとづき平岩に指示したものであり(被告人田の公判供述一五八六丁、平岩の検面九七三丁)―その金額のメモが、九八〇丁表のメモである―各々の支払予想金額の算出については、既に債務として確定したものか否かの区別は念頭になく、各工事の当初の見積表など、それなりの裏付けのある根拠にもとづいて金額をはじきだしたものである。(この点については、当審で立証予定)

しかるに、被告人田は捜査段階においては、未完成工事を完成工事として繰上げ計上し、それに見合う工事原価特に外註費として計上した分については全てそれが架空のもので、当然に当期の経費として計上すべきでないことを知っていたに拘らず、あえて平岩が架空経費の計上をなすことを黙認した旨供述(たとえば検面一四四四丁)しているが、これは「よくないことをしたという責任感から一日も早く清算したい、処理したいという意味から調べることに専念し、全て国税局の書かれた通りにした」(被告人田の公判供述一五八九丁)結果、このような調書になったのであり、捜査段階における調書(検面も国税局の調べを前提としているので、当然含まれる)については一部、その信用性に疑いがあるといわざるをえないのである。

右のような事実を前提とすれば、被告人田において、昭和四九年一一月期の法人税申告の際には未完成工事を完成工事として申告したことに見合う完成工事原価とくに外註費についてその全体につき、当期に計上すべきでない「架空原価」なることの認識はなく、少なくとも小野田グリーンランド貯水槽工事についての原価(少なくとも後に出損した三九〇万円)及び海南駅前改良住宅建設工事についての二、〇〇〇万円の範囲内では右の当時逋脱の故意はなかったものである。また、右の点についての平岩と田との共謀の事実も認められない。とするならば、右の二、三九〇万円を含めて、過大申告の当期完成工事原価の総計を四二三、二七七、六一六円(四九年一一月期)であるとの前提の下に犯則所得額を七五、八三七、一八五円であるとした国税局の査定は、不正確であるといわざるをえず、また、被告人田において右の限度で「架空原価」の認識のない以上、それに対応する所得額を秘匿したということはできない。

しかるに、原審段階より被告人が右の限度において逋脱の故意を争っていたに拘らず捜査段階における資料のみに信を措き、被告人田及び証人平岩常男の各公判供述を十分に検討することなく漫然と被告人田の逋脱の故意を認め、かつ国税局の査定どおりの架空原価の認定を前提として、犯則所得額を七五、八三七、一八五円であるとした原判決の判断は証拠の評価を誤り右の限度において事実の誤認を犯したものであり、破棄されるべきである。

第三 量刑不当、情状について。

仮に、右のような事実誤認がみとめられないとしても、次の如き、情状は十分に参酌されるべきである。

(1) 本件脱税の動機について。

被告人田は、当初より本件脱税を企図したのではなく、むしろ、企業防衛のための裏資金確保の結果として脱税に至ったもので、決っして被告人田個人の私利私欲に出たものではなく、その動機において純粋であり十分に掬すべき事情があると考えられるのである。

即ち、被告人田は昭和三五年一二月、株式会社丸山組設立以来、同社の代表取締役に就任していたところ、昭和三九年頃丸山組の取引先であった有限会社エバラ組の倒産により多大の損害を蒙った苦い経験を有していたのであるが、昭和四七年頃より顕著となった極端なインフレーションに遭遇し、現に請負金額を越える原材料費を要するような工事さえ現出するような事態となり非常な危機感を抱き、もし万一丸山組が倒産でもした場合、債権者、従業員ら関係者に多大な迷惑をかけることが明らかで、そのようなことのないようにするため、万一の場合に備え、いわゆる企業防衛の必要を痛切に感じ、その結果やむをえず、裏資金の保有が必要であるとの結論に達し、その目的達成のための手段として本件脱税をなすに至ったものである。(被告人田の公判供述一五七九、一五八〇丁)

そして、右裏資金の管理は、同社の経理担当取締役の仲谷千鶴代に委ね(仲谷、検面一一四〇丁裏など)被告人田において右裏資金を個人的に利用するようなことは一切なかったのである。このように本件脱税の発端はインフレーションの到来という事態にあったのであり、企業防衛の手段としては適切なものではなかったとしても、その動機においては会社の存続のみを念頭においた純粋なものであったのであり、この事情は十分参酌されるべきである。

(2) 本件の態様について。

(イ) 本件捜査は一枚のメモを手がかりとして開始され、捜査官は本件脱税が、計画的なものと予断していたようであるが、真相はそのような悪質なものではなく、第二でものべた如く、期中において裏資金を取出したため期末における損益が低下したので被告人会社の体面(少なくとも昭和四七年当時、和歌山県下で最高の納税者であった―被告人田の公判供述一五八二丁表―主として指名業者としての地位確保の必要上期末に未成工事を完成工事として計上するなどして埋合せをしたものであり、捜査官の邪推するような計画的なものではなかったのである。(計画的に脱税するということは、しようと思ってもなかなか実行は困難である―被告人田の公判供述一五八一丁裏)

(ロ) さらにまた期末における未成工事の収益に見合う工事原価の計上は、仮に、法律上債務の確定していないものを掲げたという意味では違法であるとしても、全然存しないものを掲げたという意味での架空ではなく(事実誤認として争っている前述の二工事分については、少なくとも二、三九〇万円以上が、後に現に出捐されているのである)翌期(翌年度)に計上すべきものを早目に計上したもので世上よく見受けられる利益計上を繰のべしたり、損費だけを計上したりする一般の脱税方法と比較すれば、方法において悪質でないことは明らかである。

右のような方法は、いわば、税金を先払いしたもの(昭和五〇年一一月期の丸山組の所得申告は三、二〇〇万円程にしかならなかった―田 の公判供述一五九三丁裏―)に外ならないものであることも考慮されなければならないのである。

なお、未成工事の完成工事としての計上の問題については、翌年度において損益額を正確に把握できた右二工事分については原審以来主張を展開してきたが、その余の工事分については、本件捜査のため関係書類を押収されたり、関係書類が散逸しているため、金額が特定できないため、被告人らにおいてやむをえず特に争うことをしなかったものであり(被告人田の公判供述一五八八丁)被告人田の予想した金額が相当額現実に出捐されていると思われるのである。

(ハ) さらに原判決によると、各事業年度の不申告金額(犯則所得額)は、昭和四六年一二月一日から同四七年一一月三〇日迄の事業年度において約四、四〇〇万円、同四七年一二月一日から、同四八年一一月三〇日迄の事業年度において約二、七〇〇万円、昭和四八年一二月一日から同四九年一一月三〇日迄の事業年度において約七、五〇〇万円であるが、右四九年度における約七、五〇〇万円のうち、その多くは期末における未成工事を完成工事として計上したことによるものであり(被告人田の公判供述一五九二丁)その他、家屋建築につき工事請負代金を圧縮して申告した分について国税局で修正された際、同時に圧縮していた必要経費はやむをえないこととはいえ、修正されずに圧縮した金額のままでしか認められなかったというのであり(被告人田の公判供述一五九一丁)かくして、丸山組が実際に裏資金として使用可能であった金額は右の不申告金額より大幅に減少する筈なのである。

(ニ) 丸山組の裏資金の使途について、その多くは従業員に対する給料手当、永年勤続者彰金、旅費、交通費、福利厚生費等、企業内部の充実、発展のためにあてられているのであり(検九四号証、田の五一・一・一八検面、一四六二丁以下)このうちには修正申告に際し、損金として控除を認められたものもあり、修正を要するものについては、各々申告のうえ、丸山組において所得税を全額納付済みである。(被告人田の公判供述一五九五丁、一五九六丁)

(3) 逋脱犯罪の罪質、被告人らに対する社会的制裁等について。

(イ) 被告人丸山組は、三事業年度における法人税の重加算税の総額一八、一四二、二〇〇円をすでに支払い(検八七号証―一四〇七、一四〇八、一四〇九丁、弁一一号証の一ないし三―一五五八~一五六〇丁)かつ、右三事業年度における法人事業税の重加算金の三ケ年分合計金五、四〇三、六〇〇円もすでに支払い(立証予定)被告人田も、更正された所得税につき、弁一〇号証の一ないし三(一五五五丁~一五五七丁)のとおり、昭和四八年度ないし五〇年度における過少申告加算税等およびこれにかかわる市県民税等を全て支払った。

あまつさえ、本件が、地方新聞に報道され(一六〇六丁被告人田の最終陳述参照)昭和五二年三月から六月に至る迄、被告人会社丸山組は和歌山県および海南市の各々指名入札業者から外され(指名停止)和歌山市からは入札業者として同五二年三月から現在にいたる迄指名停止になったままであり、企業として社会的制裁を受けているのである。(立証予定)

(ロ) 近代的租税制度が成立した明治中期以来大正を通じ昭和一九年に至るまでの五〇余年に亘る長期間、租税犯に対する制裁としての刑罰は、終始一貫して罰金又は科料による財産刑のみであった。ところが、昭和一九年における各種間接税法罰則の改正によって懲役刑が財産刑との選択刑あるいは併科刑として採用され、本件の罰条である法人税法にも懲役刑が同じく法定刑として定められるに至っているが、これは脱税犯の処罰は単に国庫に加えられた損失の賠償を図る為だけではなく、一般犯罪に対する刑罰と同様それのもつ罪悪性を処罰しようとの目的をも意識しているのであろう。

しかし、「脱税は犯罪になることはあっても、たかがお金の問題で被害者を恐怖に陥れる兇悪犯とはわけが違う。こういう犯罪には、まず財産刑で不利益を与えるのが筋合だろう。……初犯から懲役刑をもって臨むのは、この種の犯罪に対する科刑としては過酷の感を免れない」(植松正「法のうちそと」二一八頁「草月流家元脱税事件の量刑」なお、逋脱税額が合計三億四、〇〇〇万円にのぼる所得税法脱税事件について、罰金刑だけを言い渡した東京高裁昭和五一年一二月一五日判決―判例タイムズ三四九号二六三頁―参照)

(ハ) 被告人田は、たとえ企業防衛のためとはいえ、その方法が誤っていたため本件の如き不祥事を惹起したことを深く反省し、謹慎の様子が顕著である。

本件をきっかけとして爾後は、健全な方法での企業防衛を目指し、目下、企業活動に精励している。

被告人田は、丸山組を勤労者財産形成貯蓄制度のモデル事業所として育て上げ、和歌山県労働基準連合会の「労基ニュース紀の国」に紹介されるまでにいたっている。(立証予定)

(4) 以上の如く、本件脱税の動機、本件の逋脱の態様、逋脱額、被告人田の関与の態様、被告人らがすでに相当の社会的制裁をうけていること、被告人田の反省等の諸般の情状を考慮すれば、被告人会社丸山組を罰金一、四〇〇万円に、被告人田を懲役八月に処した原判決の刑の量定はいずれも重きにすぎるといわざるをえない。

また、被告人田が禁錮刑以上の刑に処せられると、田が代表取締役をしている被告人会社は和歌山県等の官庁の指名入札業者から外され、また同じく田が代表取締役をしている丸山組不動産株式会社は、不動産取引業の免許を取消され(宅地建物取引業法六六条三号、五条一項三号)また被告人田は、二級建築士の資格を有しているが、建築物の設計、工事監理の事務所を今後開設することができなくなるのである。(建築士法八条参照)

前記の諸般の情状を考えるとき、被告人田及び被告人会社等に右のような不利益を与えることは不相当というべく、被告人田に対しても罰金刑で臨むのが、相当であり、以上の理由から、原判決は破棄されるべきものと思料する次第である。

以上

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